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地元の話題

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2015年

■「だいがく」と「おみこし」の違いとは? 西成と札幌の違いとは? 担いで来ました北海道祭りのおみこし!

先日は地元のお祭りのだいがくを担いだのですが、その時タクリーノの常連さんで札幌出身の中出さん(通称中出し先輩)にも参加して頂いていたんです。聞けば中出さん、地元札幌のおみこしを担ぐ会の役員をされていると。しかも8月初めに「北海道祭り」と称する札幌の大きなお祭りがあり御神輿を担ぎに帰省すると。
「では。札幌のお祭りには逆に僕があちらへ行って担ぎますよ。相互文化交流で」なんて冗談で言ってたのですが、本当に出張組み込んで、札幌の御神輿担ぎに参加してしまいました!
子供の頃からだいがくしか担いだことのない僕にとって「お神輿」というのは未知の世界。いったいどんな風になるのだろうと興味津々でした。
まず、法被が違いますね。生根のハッピは薄くて丈も短くて帯もしません。でも札幌のは厚手の生地で丈が長くて、しっかりした帯をきちんとした作法で締めます。地元の年配の方が親切に正しい帯の結び方で世話をしてくれました。ちょっと感激。
ハッピの違いは気候によるものが大きいんだろうなあと分析しましたが、確かに日が暮れて涼しくなると大阪風の薄手では少し寒かったかも。
担ぎ方も、だいがくは一ヶ所で留まるのに、札幌神輿はゆっくりと大通りからすすきのへ移動してゆきます。休憩中もビールや酒やおにぎりが出されて、路上宴会みたいでこれも違った趣だなあと。楽しかったす。

極めつけはこれ。お神輿の行列の先頭を歩く提灯係! 頭にお願いしてヨソもんなんですが特別にやらせてもらいました。
他にも中出さんの計らいで、沿道アナウンスが「今日はこちらのお神輿には大阪から参加の上阪さんが担がれてます」なんて声がすすきのに流れて嬉しいやら恥ずかしいやら。打ち上げパーティーも最高でした。また来年も行きたいなあ。













■生根神社の「だいがく祭り」今年はマスターも担ぎますよ!

7月の24日と25日は大阪中が天神祭りに浮かれる日なんですが、実は同じ日に玉出の生根神社では「だいがく」という提灯がいっぱいついたデカイいかだみたいなのを担ぐお祭りがあるんです。どうして天神祭りと同じ日かというと、生根さんのだいがく祭りもそもそも雨乞いの祭りなので「天神系列」の神様であるわけなんですね。いずれにしても地元の僕らは多くの人が天神祭りには行ったことがなくて、子供の頃からこちらのお祭りに親しんでおります。

ちなみに「だいがく」とは「台楽」と書くそうですが、「俺かてこれでも大学でてんねんからなあ」どこ?「生根のだいがく」とは玉出の子らの間では使い古されたジョークです。
さてそんな、だいがく祭り。今年は久しぶりにマスターも担ぎますよ! そんなわけで10時ぐらいまではピンキーが一人で営業しておりますので、そこんとこよろしく。
玉出西公園で7:00ぐらいからやってます。見に来てくださいね。見学の後はタクリーノで一杯どうぞ。






■住吉大社の太鼓橋って昔は…


左は明治時代の住吉大社の太鼓橋なんですが、よく見ると今のような階段がないんですね。右の現在の写真と見比べるとよくわかると思います。昔はほんの小さな足掛けがあるだけでみんなしがみつくようによじ登っていったのだなあと。滑り落ちて怪我をする人も後を絶たなかったとか。
聞くところによると、この太鼓橋、幕末以前はそもそも人の通行は禁じられていたらしいです。人間は通っちゃダメ!「神様だけが通れる橋」として作られたのがその起源ということです。つまり明治になって人の通行が許可されても、「神の領域に踏み込んだ人間にはバチがあたる可能性があることを踏まえて行動しにゃならん」という意味があったのかも…。
ところでこの住吉大社のルーツというのが限りなく古くて、言い伝えによれば応神天皇のお母さんである神功皇后がその建立を示唆したらしいです。それって西暦で言うと200年ぐらいですから、今から1800年も前のこと! 日本では神話と歴史が入り混じっている頃ですね。神功皇后が示唆した前にも地神の信仰対象がそこにあった可能性は大いに考えられるので、ようするにルーツはわからん! 原始人ギャートルズのころから信仰の場所になっているパワースポットでもあるわけですね。
そんな神の領域である太鼓橋も、今となっては階段でズカズカと踏み荒らされてますが、それもご時勢かなあ。全ての物に神々が宿ったというアニミズム的聖域日本でも神様の居所が狭くなってきているのかなあ。なんて思いました。






■大阪の古文書や古地図に描いてある南海トラフ大地震「安政南海地震」のことを知ってイロイロ考えました。



知人にいただいたのですが、「古地図が語る大災害」という何やら物騒な名前の本。読んでみると興味深く、また地震に対する警戒感を改めて引き締めました。
この本によると、安政元年(1854年)に南海トラフを震源とする大地震「安政南海地震」が大阪を襲ったそうです。時は幕末、ペリーの黒船が来航した翌年にあたりますね。マグニチュードは8・4。大阪だけじゃなく、近畿から四国、中国、九州までが被害を受けた大地震です。特に大阪での津波の被害について詳しい資料が残されていて「大坂大津波図」ていう記録は僕らが住んでる大阪市に津波が押し寄せた様が克明に描かれていてます。




ちょっとわかりにくいかもしれませんが、よく見ると、安治川と木津川を駆け上った津波が、当時大きな港だった西区の川口まで達し、船舶の多くを横倒しにしながら道頓堀川まで流れ込んでいった様子が描かれています。道頓堀川や他の川堀も橋が倒壊して折り重なった船などでグチャグチャになったと言います。現在のナンバから南側では、どうでしょう、なにわ筋より西側が完全水没していますねえ。ちなみに推定で津波の高さは3メートルほどだったとされてます。
また、この時の津波による死者は推定で7000人ぐらいだったとされています。なんでも地震直後に多くの人が船に避難したため被害がとんでもない数字になったのだとか。



興味深いのはこの地震の四ヶ月前に三重県の伊賀を震源とする直下型地震が起こっていること。さらにこの地震の前日に「安政東海地震」というやはり南海トラフ大地震が東海地方を襲って津波による死者がたくさん出ていることです。今なら情報が早いから警戒の仕方や防災対策も敏感なんでしょうが、いずれにしても前兆があったことに注目したいですね。
ちなみにそれ以前にも南海トラフ大地震はいくつも日本で起こっていて、江戸中期の宝永四年(1707年)にはマグニチュード8.6の「宝永地震」がおこっています。津波の死者は一説によると大阪だけで一万7000人にもなったとか! その前には1605年に同じような津波地震の「慶長地震」がおこっています。
さあ考えるとどうでしょう。「慶長地震」1605年から102年後に「宝永地震」。それから147年後に「安政南海地震」。その安政地震から1944年に起こった南海トラフ大地震の「昭和東南海地震」まで90年。それから今年で71年目ですね。この20年ぐらいでそろそろ起こるかもなあ(汗)。
東日本の震災があってからみんなとてもナーバスで、「子供には英語を勉強させて海外へ移住させる。この国はいつか大地震で滅茶苦茶になるから」なんて言う人もいたりして。僕としては「いつ起こるかわからんこと心配してもしょうがないやん」ぐらいの思っていたのですが、この本読んで、ぼんやりしてたらアカンなあってな気持ちになりました。







■西天下茶屋の謎の喫茶店に潜入しました。メチャ昭和やん!
この「地元の話題」で、メチャ安の店をよくご紹介するのですが、僕自身がそれほど貧窮しているわけではございません。ホンマ。このあたり西成区にはメチャ安の店が多くて、地元の僕も驚くことがよくあることが頻繁です。そんなサプライズな情報を伝えたい!

さて今回紹介のこの店、西天商店街の「マル屋」というお店です。信じられんことに「カレーライス250円」「コーヒー160円」と書かれております。うしろに「創業80年」の文字も見えます。
店内
前から知っていたのですが、正直入る勇気がありませんでした。今回、根性を振り絞って入店を試みました。
ちょび髭のマスターが入るなり「何すんの?何飲むの?何食べるの?」と歓迎?の問いかけ。店内はホンマに昭和な白熱球の落ち着いた雰囲気。看板にあった「カレーとコーヒーお願いします」と言いました。



カレーとコーヒー


これです。生卵(しかも黄身だけに洗練された)が神々しくのってます。カレーとコーヒーでなんと410円! お味の方はどうだって? ぜんぜんokです。めちゃ美味しいとは言えません。でもこれには経済的指標を超えた永遠な価値があるのです。人類として存在したわが身の奇跡を感じながら味わうことにより新しい何かが見えるに違いありません。合掌。



メニューメニュー
帰りがけに店頭のメニューがき見たらされに驚かされました。
「年越しそば270円!」なんとここでは一年中年越しそばが食べれるのです! 時空の理論さえも超越した物凄い店です。店内に入った時に昭和にタイムスリップしたように感じましたが、それどころじゃない!
そして「他人丼280円」「カレーうどん250円」のすみには…「オレー」!!と。なんじゃこりゃ! カフェオーレのことでしょうか。スペインのマタドールもビックリに凌駕するこの表現。
素敵なひと時を過ごせました。恐るべし。
場所は南海汐見橋線西天下茶屋駅から南に100Mほどの商店街角です。挑戦してみてください。






■親戚のおばあちゃんの100歳の誕生日を祝いました。僕と同じ日!

僕と一緒に写っているのは中島キシさん本日100歳です。1915年1月30日生まれで僕と同じ誕生日です。僕の父方のおばあちゃんのお兄さんの奥さんでして、血縁はないのですがまあ親戚です。隣の粉浜にお住まいだったのですがつい最近まで失礼ながら存在を知りませんでした。南港にある老人ホームに家族でお祝いに駆けつけたのですが、それにしても「100歳のおばあちゃん」ってもっとヨボヨボの人が出てくると思ったら、お元気で可愛いお婆ちゃんが登場で嬉しかったです。
聞けばこのキシさんカトリックのクリスチャンで、戦前の昭和5年ぐらいに教会で結婚式をあげたそうです。今でこそ教会で結婚式ってよくありますが、その頃ではめちゃ珍しいこと! キシさんいわく「お見合い結婚してたまたま相手がキリスト教やったからなんやようわからんまま気がついたら教会で式あげてた」とのこと。
100歳のお誕生日ケーキ
みんなに「あんな100歳やったらなりたいなあ」なんて言われておりましたよ。バースデーケーキにはしっかりと「100」のロウソクが!
元気なおばあちゃんとお話もできて、僕にとってはそれ自体が最高の誕生プレゼントでした。







■今年も祝ってやってください。マスターの誕生パーティーです。


1月30日(金)に51歳になります。年月の過ぎ去るのはまこと早いもので、日本人男性の平均寿命を80歳とするならば「あと人生は30年もない!」そんなことをよく思います。ドイツのことわざに「ビールを飲んだら死ぬ。ビールを飲まなくても死ぬ。だからビールを飲もう」なんてあります。というわけで何かにかこつけて乱痴気に騒げる宴を楽しんでください。無料のドリンクやフードも用意しております。誕生日プレゼントは持ってこないでください。心と飲み代だけ持って来て! よろしく。






■タクリーノポタリング「大阪の戦争の遺跡を巡る」いきますよ。集合〜!

昨年にご紹介しました東淀川の高射砲陣地跡、めちゃ反響いただきまして「是非見たいから案内してくれ」と数人の方に提言していただきました。そんなわけで今回のタクリーノポタリングは「大阪の戦争遺跡を巡る」です。
終戦から今年で70年にもなるのに大阪でもあちらこちらに戦争の名残を匂わせてくれる遺構がいろいろあるようです。今回はその高射砲陣地跡から、大坂城にある旧陸軍の化学分析工場跡→生玉公園の巨大防空壕跡→田辺にある疑似原爆投下跡→南加賀屋の防空壕跡などを巡ってみたいと思います。
もちろん他にもいろいろあるでしょうが今回はこのあたりをまとめてポタリングしましょう。

★タクリーノポタリング「大阪の戦争の遺跡を巡る」 1月18日(日) 12:00タクリーノ集合

女性も来られてゆっくりペースですよ。ママチャリで十分いけます。保険等は自己責任でお願いします。帰還後は恒例の打ち上げパーティーで世界平和について語り合いましょう!おまちしてまーす。




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